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光を知覚し、色を感じる

  • 2019年11月3日
  • 読了時間: 3分

美術館に行ったり、読書をしたりするのが好きです。

芸術とか文学とかは、写真を撮る前(若い頃)から好きでしたが、写真を撮るようになってからは、また違った角度で何かを感じているかもしれません。

ラウルデュフィを初めて知ったのは、ずいぶん昔に...(もう何を観に行った時だか忘れてしまたのですが)ブリヂストン美術館に行った時でした。お目当ての絵画は別にあって、デュフィは、その展示会の主役ではありませんでした。ライブに例えるなら、正に対バンで凄いバンドを発見してしまった時のようでした(笑)

「オーケストラ」(写真真ん中)という作品を観たとき、私はオーケストラなんてたいして聴いたことがないのに、その活き活きとした音楽を感じました。私は観衆の一人のように、豊かな気持ちになったのです。素早い線は、演奏者の動きを表しているようだし、この空気感はなんなんだろうって凄く惹かれたのを覚えています。

それから何年か過ぎ、彼の絵を見る事もほとんどありませんでしたが、先日、疲れ切った会社帰りに、電車の中吊り広告で、ラウルデュフィ展が開催されるのを知ったのです。

そしてまた、絵画を生で観る事ができました。やっぱりとても素敵でした。

(写真右は、今回の展示で観る事の出来た「コンサート」です。観衆の中にいる二人の男性は、デュフィ自身と親交の深かったマティスだと言われています。)

デュフィは、多発性関節炎の発作に見舞われて以降、晩年は病気との闘いに明け暮れたそうですが、「自らの病気や世界の動乱が作品に反映されてはならない」と幸福なイメージのみを残そうとしました。

私は芸術家と言えば、陰の部分を持っている人に憧れがちです。音楽もハッピーソングは好きじゃない。ゴッホとかニルヴァーナとか…その苦悩の内側が作品に反映されてなんぼくらいに思っていました。

でもその一方で、絵画とか写真とか視覚的な表現は特に、観た人が満ち足りた気分になったらいいなと願うようにもなりました。

例えば、私は、幸福な瞬間を残しておきたい。

演奏そのものが楽しいと感じている時、ステージとフロアが繋がったその“共有”の時、ライブが終わってメンバーが談笑している時...その瞬間を捉えるには、やはり自分もその中に一緒にいないとできない。

共鳴とはそういう事なのかもしれません。

題名にしたのは、デュフィの言葉の一部です。

「光がなければフォルムは生きるに至りません。色だけではフォルムを際立たせるのに充分ではありません。

我々はまず、何よりも光を知覚し、その次に色を感じるのです」

この、色よりも光を捉えるという事は、実はカメラマンにとって最も大切な事なんです。

…あの日電車の中吊り広告を観なかったら、ちょっと忘れかけてました、デュフィの存在。

そうやっていろんな事が繋がっていく世界は面白いですよね。

ギタリストはギターばっかり弾いてる場合じゃないですよ、多分。

俳優は、演技の為にいろんな事を吸収するじゃないですか。

カメラマンも、写真だけ撮ってたって駄目な気がしますね。

先日、ある人が言ってくださいました。「空気を撮るのが上手いですね」と。それは私にとって、最上級の誉め言葉です。私もデュフィのように、音楽という空気を豊かに伝えられたらと思っています。


 
 
 

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