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環境について考える

  • 3月20日
  • 読了時間: 3分

子供の頃からずっと母親が苦手で、30歳を超えてもずっと嫌いだったと思う。

いつ頃から許せるようになったのか覚えていないけど、今では普通に接してはいる。


2歳上の姉は、私と違って根明でおしゃべり。

私とは違うタイプのわがままで(違うタイプと表現したのは、私は子供の頃はわがままではなかったが、今では意志が強いという意味で自分もわがままなのだと自覚した)、私の意思より姉の意思のほうが尊重される傾向にあったと思う。


なにしろ母はヒステリックで、常に怒っていた。父親は母親にいつも怒鳴られていたし、私は自分の思いを発言したり、行動を起こすというのが怖くて仕方がなかった。とにかく萎縮して生きていた。

父親はというと、一緒に住んでいたのに、関わらなすぎてよく知らない。(実は何人兄弟とかも知らない)


やりたいこともなかったけれど、いい子を演じていたので成績だけはよく、高校も大学も推薦入学をした。

成績がいいというのは頭が良いというのではまったくなくて、点を取る方法を知っていただけだ。

行きたい大学もなかったが、大学には行けと言われていて、しかし貧乏だったので一人暮らしをさせてもらえず、栃木県から東京まで通っていた。


22歳になり自立をした。自分の働いたお金で生活すれば文句は言われまいと思い、就職して埼玉県に引っ越した。自立してもなお、母は私に干渉することをやめられなかった。私は少し病んでしまった。

母親と娘の確執というのは、独特なものがあると思う。

生きている意味がよくわからなかった。

やりたいこともなかったし、食欲もなかったし(今より痩せていた)、未来が見えなかった。

死なないために働いて、死なないために生きていた。


今の私からは想像ができないかもしれないけれど、これが根っこにある私だ。


さて、書きたかったのはこんな事ではない。

萎縮と行動、強化についてだ。


「強化」という言葉は、ユダさんに教わった。米国の心理学者B・F・スキナーが創始した行動分析学と呼ばれる心理学で用いられる専門用語である。

行動の直後の状況の変化によって、行動の回数が増えることを言う。例えば、暗いトイレで電気のスイッチをONにすると明るくてよく見えるので、スイッチを入れる行動は強化される。

⋯というような入門的なことが書かれている本を最近買った。(「行動分析学入門」杉山尚子著


「すぐ機嫌が悪くなる人」というのは、不機嫌を出したほうが周りが動いてくれる環境で生きてきただけのことだ というのをSNSで読んで私は妙に納得した。

自分が感情をうまく言葉に出せないのは、自分の意見を言えない環境で育っただけのことだ。


私の場合は

自分が意見を言う→母親がヒステリックに反応する→怖い・不快・緊張→意見を言う行動が減る の流れ

母親の場合は

負の感情を表現する→誰も止めない という維持(周囲が従ったという強化はなかったはずだが)

         →本人が楽になる という強化


私はずっと自分自身を社会不適応者だと思っていたが、

黙る・意見を言わない・空気を読む という行為があるとしたらそれは環境に適応する行動だという事だ。


その一報で、自分が言いたいことを言えている時も多々あって、その場合は周囲が聞いてくれるという強化がある。

会社でも怖くて苦手な人には黙るが、聞いてくれる人には言ってしまうんだな。

あぁすごく納得だ。

じゃぁこの母親のような、会社にいる苦手な人とどう接していくかというのを考えているところ。

長くなったので今日はこの辺で。



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